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2017年4月1日

AWS

DNS

EC2 インスタンスを起動すると、ip-10-0-xx-yy.ap-northeast-1.compute.internal のような Private DNS が割り当てられている。インスタンスの IP を固定するために、Elastic IP を使う。インスタンスに Elastic IP を紐付けることで、Public IP と Public DNS を得られる。Public DNS は、ec2-ww-xx-yy-zz.ap-northeast-1.compute.amazonaws.com の形式になる。 Route 53 で、aws 用のサブドメインの Hosted Zone を設定した。CNAME でインスタンスFQDN を引ける用に設定した。

参考:AWS EC2 インスタンス間の名前解決に Route 53 を使う - Shin x blog

IAM

だいたい理解したが何もやらなかったので今度やる。

Rundeck

これまで VPS で雑に動かしていた cron job を、新しく用意した Rundeck サーバで動かすように移行した。itamae のレシピを作成しながら構築している分時間がかかった。 色々いじっていたら systemctl rundeckd start で立ち上がらなくなってしまいつらい状態

2017年3月30日

AWS

そろそろやるかという気持ちがでた。 VPC 作って Subnet 切って Route Table 書いて Internet Gateway あてて 踏み台から ec2 インスタンスにログインするなどした。 DNS らへんが分かってないのでまた今度やる。

大橋彩香の へごまわし!

live.nicovideo.jp

というニコニコ生放送チャンネルがある。存在は知っていたものの、今まで視聴したことは無かったが、第4回は小澤亜李がゲストだったので視聴した。 2人はこれまで目立った共演もなく珍しい画だった。 2人のパーソナリティはある程度知っているつもりだったので、その予想通りに会話が弾んでいて、アルコールの効力もあり非常に幸福度が高かった。

シーサイドライブフェス以外の文脈でこの2人が共演するイベントがあればぜひ行きたい。

2017年3月29日

インターネットに影響されたので日記を書きます

fluent-logger-ruby

github.com

結構前に出した PR がマージされた。 バイトで必要になったものだが、今は別アプローチになったので必要無くなった。 しかし今後も OSS には積極的にやっていきたい。

nico_search

github.com

ニコニコ検索API を試す機運があったので gem にした。 3/18よりドキュメントにアクセスできなくなったらしいので慎重に動向を見守る必要がある。

タラレバ娘

最終回見た。全体として初速は良かったものの中だるみした印象。 終盤は胸糞悪い感じで面白いとはいえなかった。

大島優子がメガネ外したときの「あれ?こんなに可愛かったか?」が良かった。

モラトリアム進学近況

高専を卒業後、関東のある大学の情報系学科に編入学してから8ヶ月が経った。編入体験記はインターネットに溢れているが、編入後の情報はあまり見かけない気がしていた。ふと思い立ったので、入学する少し前から、現在までのことを書く。

この記事は coins Advent Calendar 2014 7日目の記事です。

/* 1日遅刻してすいません。また筑波大には通っていませんが、心は筑波大生ということで参加させていただきました。 */ 

 

行くぜ大学行くぜ東京

はじめに断っておくと、僕の編入学に対する動機は全国平均よりかなり不純だ(と思う)。

編入を目指した最も大きな理由は「東京に住みたかったから」であり、東京に住みたかった理由は、「僕がオタクだから」ということに帰着するのだろう。ここで多くを語ることは避けたい。

面接試験では、前日に蓄えた薄っぺらい知識でうんたらかんたら喋ってはみるものの、大学で具体的にこの研究をするために編入したいのような明確なビジョンが無かった。

一般的には編入先の候補を絞り込む際、念入りに調査し、様々な要因から第 n 志望まで決めるのが普通で、その際卒業までに何単位とればいい、とか必修と準必修、とかもある程度は理解するらしい。(入学してから、編入同期のみなさんとお話するなかで僕がいかにその辺りの知識がないのかを実感した)

僕はさらっとは調べたが、それはさらっとな程度であって、本当にさらっとだった。大学に対する事前調査が不十分だった。入学するまで、僕は大学がどんなところか全く知らなかったのだ。

 

単位認定が終わるまでが編入試験

編入生は、入学後に単位認定(単位変換)の機会がある。各大学の単位認定についての情報は本当に少なく、どれだけ認定してもらえるかは入学してからのお楽しみという場合が多い。*1

僕の場合は、専門科目以外はほぼ一律で認定され、専門科目は学科によるという情報だけ得ていた。入学前も入学直後も「まあなんとかなるでしょ」という考えしかなかった。

結論から書くと、単位認定はつらいものだった。

 

単位認定面談(1回目)

入学してまもなく、学科長とマンツーマンで高専シラバスと大学のシラバスを照合し、学科長の判断で単位を認定する作業が行われた。事前に通知があったため、両シラバスから、単位の対応表を準備した。

面談が始まるや否や、対応表は死んだ。大学では半期(半年)の通常講義で2単位を取得するが、高専では半期の授業で1単位を取得することになっていて、認定の際、大学2単位あたり高専1単位が2つ必要になることを知らされたからだ。ほかの学科・大学でもそうなのかは分からない。例えば、高専でのオペレーティングシステムの単位を1単位もっていて、他にオペレーティングシステムに関係する単位をもっていなかったとする。すると、どう頑張っても大学のオペレーティングシステム2単位には変換できず、オペレーティングシステム1単位は完全に無駄になる。そういう事情でさっぱり認定作業が進まず、次の機会を設けてもらうことになった。

面談後

所属した学科には、自分以外に3人の編入生がいる。自分と同様に学科長と単位認定を行った。1回目の面談の後、各自の状況を確認し合った。

高専によってカリキュラムは全然違う。学科のカリキュラムと似ているため、何事も無く認定限界近くまで達してしまう人もいた。*2

また同高専で同学科の先輩がいると、前例ということで単位認定がスムーズになることも知った。僕はどちらにも該当せず、自暴自棄になった。

 

単位認定面談(2回目)

最初の面談から一週間ほど経ってから、2回目の面談が行われた。新たに表を準備し、高専の単位を継ぎ接ぎしながら強引に単位を変換していった。しかし、学科長の納得がいかない継ぎ接ぎがいくつかあり、それらは保留された。一段落後、3年次で限界まで進級に必要な単位を取ったとしてもギリギリ留年が避けられないラインの認定結果となった。呆然となって泣きそうな顔をしていたら、学科長が哀れんでくれたのか、渋っていた単位を認定してくれた。なんとか無事に単位認定が終了し、今もこうしてへらへら大学に通っている。

  

友人関係

概して、入学後の不安として「友人関係を築けるか」が頻出する。自分と周りの編入生の状況を総合すると、慣れ合うために大学に編入した人は居ないと思うし、実際には、それほど多くはないながらも友人ができて、それなりに楽しくやれている場合が大多数なので、過度に心配する必要はないだろうという回答をしたい。

僕自身も生活に支障がない程度の友人関係は保てています。

 

過去問

高専では過去問が命みたいなところがあったが、大学でもその傾向はあるらしい。過去問を手に入れる術をいくつか書いておく。

  1. 自分より前に編入した先輩にそれとなく訊いてみる
  2. Twitter でそれとなく訊いてみる
  3. サークルの仲間にそれとなく訊いてみる

3つしか思いつかなかった。僕の場合、3以外の方法で実際に過去問を手に入れることができた。Twitter に圧倒的感謝。3の方法は、サークル内に同学科の人が1人も居なかったので使えなかったが、有効な方法だと思う。

本当は、真面目に講義に出席して真面目に聴講していれば過去問など必要ないから大丈夫です。

おわりに

東京に来て良かった。そのうち筑波方面に遊びにいきたいと思っています。

*1:Twitterのフォロワー情報

*2:学科毎に単位認定の上限が設けられている